自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもへの効果的なコミュニケーション支援:基礎理解から具体的な関わり方まで
はじめに
子どもの発達支援に携わる専門家の皆様にとって、自閉スペクトラム症(ASD)のある子どもへのコミュニケーション支援は重要なテーマの一つです。ASDのある子どもたちは、コミュニケーションや対人関係において様々な特性を示し、その表れ方は一人ひとり異なります。これらの特性を深く理解し、それぞれの子どもに合わせた効果的な支援を提供することは、彼らが社会とのつながりを持ち、豊かな生活を送る上で不可欠となります。
この記事では、ASDのある子どものコミュニケーション特性に関する基礎知識から、日々の臨床で実践できる具体的な支援方法までを体系的に解説します。若手専門家の皆様が、自信を持ってASDのある子どもへの支援に取り組めるよう、具体的な視点を提供することを目指します。
自閉スペクトラム症(ASD)におけるコミュニケーション特性の理解
ASDは、対人相互作用における持続的な問題と、限定された反復的な様式の行動、興味または活動によって特徴づけられる神経発達症です。コミュニケーションにおける特性は、主に以下の側面に現れます。
対人的コミュニケーションおよび対人相互作用における持続的な問題
- 非言語的コミュニケーションの困難: ジェスチャー、表情、視線、身体の向きなどを適切に理解したり、使用したりすることが苦手な場合があります。例えば、話し相手の表情から感情を読み取ることが難しかったり、自分の意図を非言語的に伝えたりすることが得意でなかったりします。
- 対話の開始・維持の困難: 他者との会話を始めること、会話の流れに乗ってやり取りを続けること、話題を適切に変えることなどに難しさが見られることがあります。一方的に話し続けたり、相手の反応に気づかずに話し込んでしまったりすることもあります。
- 対人関係の構築・維持の困難: 年齢や発達水準に見合った友人関係を築いたり維持したりすることが難しい場合があります。これは、前述のコミュニケーションの困難や、他者の視点に立つこと(心の理論)の苦手さなどが影響していると考えられます。
限定され、反復する様式の行動、興味、活動(コミュニケーション関連)
コミュニケーションそのものが反復的、定型的な形をとることがあります。 * エコラリア(反響言語): 他者の言葉や聞いたフレーズを繰り返すことがあります。すぐに繰り返す場合(即時エコラリア)と、時間が経ってから繰り返す場合(遅延エコラリア)があります。 * 定型的な言語の使用: 決まった言い回しやフレーズを好んで使用したり、文字通りの意味でしか言葉を理解・使用できなかったりすることがあります。皮肉や比喩などの抽象的な表現の理解が難しい場合があります。
これらの特性は、子どもによってその程度や組み合わせが大きく異なります。言葉が全くない子どももいれば、流暢に話す子どももいます。しかし、言葉があっても、対話を楽しむことや、相手との感情的なやり取りを含むコミュニケーションに難しさを抱えている場合があります。
重要なのは、これらの特性が「意図的な行動」ではなく、脳機能の発達における違いによるものであるという理解を持つことです。子どもたちのコミュニケーションの努力や意図を認め、特性に基づいた適切な支援を提供することが求められます。
コミュニケーション支援の基本的な考え方
ASDのある子どもへのコミュニケーション支援は、単に言葉を教えることだけを指すのではありません。子どもが他者と関わり、自分の気持ちや要求を伝え、他者の意図を理解できるようになるための包括的なアプローチが必要です。基本的な考え方として、以下のような点が挙げられます。
- 個別性の尊重: ASDの特性は多様です。全ての子どもに共通する万能な支援方法はありません。一人ひとりの子どもの発達段階、興味、強み、コミュニケーションスタイル、そして抱える困難を丁寧に評価し、個別性の高い支援計画を立てる必要があります。
- 肯定的な関わり: 子どものコミュニケーションの試みを肯定的に捉え、成功体験を積み重ねられるように支援します。失敗を責めるのではなく、どのようにすればより効果的に伝わるかを一緒に考える姿勢が重要です。
- 予測可能で構造化された環境: ASDのある子どもは、見通しが立たないことや変化に強い不安を感じやすい傾向があります。コミュニケーションの場面においても、いつ、どこで、誰と、何を話すのか、どのような流れで進むのかなどが予測できるような、構造化された環境やサポートがあると安心できます。視覚的な手がかり(スケジュール、手順表など)は特に有効です。
- 機能的なコミュニケーションの重視: コミュニケーションの「形」だけでなく、「機能」に着目します。子どもがどのような目的でそのコミュニケーション行動をとっているのか(例: 要求する、拒否する、注意を引く、情報を得る)、そしてその目的をより社会的に適切かつ効果的な方法で達成するにはどうすれば良いかを考えます。
- 他者との相互交渉の促進: 一方的な働きかけだけでなく、子どもが他者と気持ちや意図を共有し、やり取りのラリーを楽しめるような相互交渉的なコミュニケーションを育む視点が重要です。子どもの興味や関心に寄り添い、そこからやり取りを広げていくアプローチが有効です。
具体的なコミュニケーション支援の方法論
ここでは、日々の臨床で実践できる具体的なコミュニケーション支援の方法をいくつかご紹介します。
1. 環境調整と視覚的支援
ASDのある子どもは、聴覚的な情報処理よりも視覚的な情報処理が得意な場合が多いです。コミュニケーションをサポートするために、視覚的な手がかりを積極的に活用します。
- 物理的環境の構造化: 療育室や活動場所の物理的な構造を整理し、何がどこにあるのか、どこでどのような活動をするのかが視覚的に分かりやすいようにします。
- 視覚スケジュール: 一日の流れや活動の順番を絵カードや文字で示します。これにより、見通しが立ち、不安が軽減されます。活動の変更がある場合も、視覚的に示すことで混乱を防ぐことができます。
- 手順表・ルール表: 特定の活動(例: 手洗い、着替え、遊びのルール)の手順や守るべきルールを視覚的に示します。
- 選択肢の提示: 子どもに選択を促す際に、言葉だけでなく絵カードや実物で選択肢を提示します。「どれがいい」と尋ねるだけでなく、「リンゴとバナナ、どっちにする」のように具体的に示します。
2. 相互交渉を促す関わり方
子どもとの自然なコミュニケーションのやり取りを増やすための技術です。
- 子どもの関心に沿う(Following the Child's Lead): 子どもが今、何に興味を持っているか、何を見ているか、何をしようとしているかに注目し、それに寄り添って関わります。子どもの行動や発言を真似したり、子どもの関心のあるものについて話しかけたりします。
- 応答的な関わり(Responsiveness): 子どもの発したサイン(言葉、指差し、視線、行動など)に素早く、意味のある形で応答します。子どもが何か伝えようとした時に、それが成功体験につながるように、専門家側がその意図を汲み取り、言葉や行動で返します。
- 拡張・リキャスト: 子どもの発した短い言葉や不完全な文を、より長く、文法的に正しい形に広げたり(拡張)、意味を変えずに別の表現に言い換えたり(リキャスト)します。例えば、子どもが「ブーブー」と言ったら、「ほんとだね、青いブーブーだね」「ブーブー、走ってるね」のように広げます。
- 間を取る(Wait Time): 子どもが反応したり、言葉を探したりするための十分な「間」を設けます。質問や働きかけをした後、すぐに次の言葉をかけるのではなく、数秒待ってみることで、子どもの自発的なコミュニケーションを引き出す機会が増えます。
3. 代替・補助コミュニケーション(AAC)の活用
音声言語だけではコミュニケーションが難しい子どもに対して、別の手段を用いてコミュニケーションをサポートするアプローチです。
- 絵カード交換式コミュニケーションシステム(PECS: Picture Exchange Communication System): 要求を伝えることから始め、徐々にコメントや質問へと発展させていく、構造化された絵カードを使ったコミュニケーションシステムです。機能的なコミュニケーションを習得するのに役立ちます。
- 音声出力コミュニケーション機器(VOCA: Voice Output Communication Aid): ボタンを押すと録音された音声や合成音声が流れる機器です。iPadなどのタブレット端末のアプリも含まれます。語彙数や機能は様々なものがあります。
- サインやジェスチャー: 日本手話のような体系的なサインから、個別の支援の中で作る身振り手振りまで、状況に応じて活用できます。
- 筆談や文字: 読む・書くことが得意な子どもには有効な手段となります。
AACは、音声言語の発達を妨げるものではなく、むしろコミュニケーションの成功体験を増やし、言語発達を促す可能性もあります。重要なのは、どのAACを使用するかだけでなく、それをどのように日常の中で「機能的に」使用していくかです。
4. 言語理解・表出を促すアプローチ
語彙や文法などの言語形式だけでなく、言葉の意味の理解や、自分の考えを言葉で表現する力を育むためのアプローチです。
- 具体的な言葉がけ: 抽象的な表現を避け、具体的で分かりやすい言葉を選びます。指示は一度に一つずつ、簡潔に伝えます。「あれ取って」ではなく「棚の上の、赤い箱を取ってね」のように具体的に伝えます。
- 状況と結びつけた言葉の習得: 日常生活や遊びの中で、実際の体験と結びつけて言葉の意味や使い方を教えます。例えば、公園で滑り台を滑りながら「すべる」「速い」「楽しい」などの言葉を伝えます。
- 質問の工夫: 開かれた質問(例: 「これでどうする」)よりも、閉じた質問(例: 「リンゴとバナナ、どっちがいい」)の方が答えやすい場合があります。また、複数の情報を含む質問(例: 「おやつを食べたら、その次に遊ぶのと本を読むの、どっちにする」)は処理が難しいことがあるため、分解して提示するなどの工夫が必要です。
- ストーリーテリング: 絵本を読んだり、出来事を話したりする際に、登場人物の気持ちや出来事の原因と結果について言葉で補足します。これにより、物語の理解や、他者の視点を理解する力を育みます。
5. ソーシャルスキルの支援(コミュニケーション場面での応用)
コミュニケーションは、単なる言葉のやり取りだけでなく、社会的なルールや文脈の理解を伴います。
- 社会的文脈の理解: どのような状況で、誰に、どのような言葉遣いや態度で接するのが適切かについて、具体的な場面を取り上げて教えます(例: 挨拶、頼み事の仕方、断り方)。
- 他者の視点の理解: 他者がどのように感じているか、何を考えているかを推測する練習をします。絵カードや写真、短い寸劇などを用いることがあります(ソーシャルストーリーやコミックストリップ会話など)。
- 会話のスキルの練習: 会話を始める、続ける、終える、相槌を打つ、話題を変えるといった具体的な会話の技術について、ロールプレイングなどを通して練習します。
これらのアプローチは単独で行うのではなく、子どものニーズに合わせて組み合わせて実施することが重要です。
評価と計画の立て方
効果的なコミュニケーション支援を行うためには、適切な評価に基づいた支援計画が不可欠です。
評価
- 観察: 日常生活や様々な活動場面での子どものコミュニケーションの様子を詳細に観察します。誰と、どのような状況で、どのようなコミュニケーション行動が見られるか、どのような時に困っているかなどを記録します。
- 保護者からの情報収集: 保護者から、家庭でのコミュニケーションの様子、子どもの関心、得意なこと・苦手なこと、これまでの支援経験などについて詳しく聞き取ります。
- 標準化された評価ツール: 言語発達検査、コミュニケーション能力検査、ASDに関する評価尺度などを用います。これにより、子どもの発達水準や特性を客観的に把握する手助けとなります。ただし、検査結果だけで全てを判断するのではなく、必ず観察や聞き取りと合わせて総合的に判断することが重要です。
- 非公式な評価: 特定のコミュニケーションスキル(例: 要求、共同注意、模倣)について、意図的に特定の課題を設定して評価します。
支援計画の立て方
評価結果に基づき、子どもの強みや興味を活かしつつ、最も支援が必要なコミュニケーションの側面に焦点を当てた具体的な目標を設定します。目標は、測定可能で、達成可能で、現実的で、期限を定める(SMART原則などに沿う)ように設定すると、支援の進捗を管理しやすくなります。
目標達成のために、どのような具体的な支援方法を用いるか、どのような教材やツールを使用するか、誰が(専門家、保護者、学校の先生など)どのような役割を担うかなどを明確に定めた計画を作成します。計画は一度立てたら終わりではなく、子どもの変化に合わせて定期的に見直し、修正していくことが重要です。
保護者との連携
コミュニケーション支援を効果的に進める上で、保護者との連携は極めて重要です。支援は療育の時間だけでなく、日常の中で継続して行われる必要があります。
- 情報共有: 子どもの評価結果や支援目標、具体的な支援方法について、保護者に分かりやすく説明します。専門家だけが知っている、という状況をなくし、知識や視点を共有します。
- 家庭での実践: 療育で行っている支援方法について、家庭でも実践できるよう具体的な方法を伝えます。必要に応じて、一緒に練習したり、工夫を提案したりします。
- 相談しやすい関係づくり: 保護者が安心して子どもの様子や悩みを話せるような、信頼関係を築きます。家庭での成功体験や困難な状況について共有し、共に解決策を考えていく姿勢が大切です。
- 保護者自身の支援: 子どものコミュニケーションに困難があることは、保護者にとっても大きな負担となることがあります。保護者の気持ちに寄り添い、必要に応じて他の専門機関や保護者会などの情報を提供することも専門家の役割です。
まとめ
自閉スペクトラム症のある子どものコミュニケーション支援は、その特性を深く理解することから始まります。一人ひとりの子どもに合わせた個別性の高いアプローチで、肯定的な環境の中、様々な具体的な技術(環境調整、相互交渉促進、AAC活用、言語理解・表出支援、ソーシャルスキル支援など)を組み合わせて実践していくことが効果的です。
常に評価に基づき計画を見直し、保護者の方々と密に連携しながら支援を進めることが、子どものコミュニケーション能力を育み、彼らが社会との豊かな繋がりを築いていくための鍵となります。
この記事が、子どもの発達支援に携わる専門家の皆様、特に経験の浅い方々にとって、日々の臨床における具体的な実践の一助となれば幸いです。継続的な学びと実践を通して、子どもたちの可能性を最大限に引き出していきましょう。