注意機能・実行機能のつまずきとその支援 ~評価のポイントと具体的なアプローチ~
子どもの発達支援に携わる専門家の皆様、日々の実践お疲れ様です。子どもたちの発達特性に伴う困難は多岐にわたりますが、その中でも「注意機能」や「実行機能」のつまずきは、学習や日常生活、社会性の様々な側面に影響を及ぼすことが少なくありません。これらの機能は、子どもたちが目標に向かって行動を計画し、実行し、調整していく上で基盤となる重要な認知機能です。
本記事では、注意機能および実行機能のつまずきについて、その基礎的な理解から、専門家として行う評価のポイント、そして具体的な支援アプローチまでを体系的に解説します。日々の臨床における一助となれば幸いです。
注意機能・実行機能とは
まず、注意機能と実行機能の基本的な概念を整理します。
注意機能
注意機能は、特定の情報に意識を向け、それを維持し、必要に応じて切り替える能力です。以下の要素が含まれます。
- 選択的注意: 多くの情報の中から、必要な情報だけを選び取る能力です。
- 例:騒がしい環境でも、先生の声だけを聞き取る。
- 持続的注意: 一つの活動に注意を向け続け、集中を持続させる能力です。
- 例:宿題を一定時間続ける。
- 注意の配分(配分的注意): 複数のことに同時に注意を向ける能力です。
- 例:先生の話を聞きながら、ノートを取る。
- 注意の転換(転換性注意): ある対象から別の対象へ、スムーズに注意を切り替える能力です。
- 例:授業の科目が変わった際に、気持ちを切り替えて新しい授業に集中する。
これらの注意機能のつまずきは、「気が散りやすい」「すぐに飽きてしまう」「うっかりミスが多い」「切り替えが苦手」といった形で現れることがあります。
実行機能
実行機能は、目標達成のために思考や行動を計画し、組織化し、実行し、調整する一連の高次認知機能です。前頭葉の働きと関連が深く、以下の要素が重要視されます。
- ワーキングメモリ: 情報を一時的に保持し、操作する能力です。
- 例:相手の話を聞きながら、それに対する返答を考える。複数の指示を覚えて順番通りにこなす。
- 抑制(衝動抑制): 不適切な思考や行動を抑える能力です。
- 例:言いたいことがあっても、順番が来るまで待つ。やりたいことがあっても、ルールに従う。
- 計画性: 目標達成のために、手順を考え、準備し、実行する段取りを組む能力です。
- 例:遠足の準備物を確認して用意する。難しいパズルを解くための手順を考える。
- 組織化: 情報を整理したり、物事を順序立てたりする能力です。
- 例:机の上を整理整頓する。文章を書く際に、伝えたい情報を構成する。
- 認知的柔軟性: 状況の変化に応じて、考え方や行動を柔軟に変える能力です。
- 例:うまくいかないやり方をやめて、別の方法を試す。遊びのルール変更に対応する。
これらの実行機能のつまずきは、「忘れ物が多い」「片付けが苦手」「指示通りに動けない」「衝動的な言動が多い」「計画通りに進められない」「融通がきかない」といった形で現れることがあります。
注意機能と実行機能は密接に関連しており、どちらかのつまずきがもう一方にも影響を及ぼすことがあります。
注意機能・実行機能のつまずきの現れ方
注意機能・実行機能のつまずきの現れ方は、子どもの年齢、発達段階、そして個々の特性によって多様です。また、環境や課題の内容によっても困難の程度は変化します。
年齢別の例
- 幼児期: 落ち着きがない、活動を長く続けられない、集団行動での切り替えが難しい、順番が待てない、簡単な指示が覚えられない。
- 学齢期: 授業中に席を立つ、課題に集中できない、忘れ物・なくし物が多い、宿題を計画的に進められない、文章を書く際に構成を考えるのが難しい、友達とのやり取りで衝動的な発言をしてしまう、ゲームなどでルールの変更についていけない。
- 思春期: 長期的な計画を立てて実行するのが難しい(例:試験勉強)、部屋の片付けができない、時間管理が苦手、複数のタスクを同時にこなすのが難しい、感情のコントロールが苦手。
場面別の例
- 家庭: 宿題を始められない・終わらせられない、お手伝いを忘れる、持ち物の準備ができない、部屋が片付けられない、きょうだいとのやり取りで衝動的になる。
- 学校: 授業に集中できない、ノートを取るのが難しい、発表の際に話をまとめるのが難しい、休み時間の切り替えが難しい、集団でのルールを守るのが難しい、忘れ物が多い。
- 友達との関わり: 自分の話ばかりする、相手の話を聞けない、順番を守れない、ルール変更に柔軟に対応できない、かっとなりやすい。
これらの現れ方の背後にある注意機能・実行機能のどの要素につまずきがあるのかを丁寧に理解することが重要です。
評価のポイント
注意機能・実行機能のつまずきを評価する際には、多角的な視点から情報を収集することが不可欠です。特定の検査結果だけでなく、日常生活での様子や具体的な課題遂行場面での観察が重要になります。
1. 情報収集
- 保護者・本人からの聞き取り: どのような場面で、どのような困難が生じているのか、具体的なエピソードを詳細に伺います。いつから見られるようになったのか、どのような工夫をしているのかなども尋ねます。本人が自分の困難についてどのように感じているのか、何に困っているのかを把握することも重要です。
- 例:朝の準備に時間がかかる、宿題を始めるまで時間がかかる、途中で別のことを始めてしまう、学校からの配布物をなくしやすい、特定の教科の授業で集中が続かない。
- 学校・園との連携: 家庭とは異なる集団生活の場での様子を把握します。担任の先生や特別支援コーディネーター、通級指導教室の先生などから、授業中や休み時間、給食の時間など、具体的な場面での行動や困り事について情報を得ます。どのような支援が既に行われているかも確認します。
2. 観察
- 自由遊び・構造化された課題: 普段の面接場面や検査場面での行動を詳細に観察します。指示の通りやすさ、課題への取り組み方、集中力、切り替えの様子、衝動性、計画性、物事の整理の仕方などを観察します。
- 例:複数の指示を一度に出した際の反応、課題の途中で周囲に注意が逸れるか、間違えた際の反応、手順が必要な課題への取り組み方、物を置く位置や整理の様子。
- 自然な場面での観察(可能であれば): 教室や家庭での様子を観察できると、より生態学的な情報が得られます。
3. 検査
注意機能や実行機能を評価するための標準化された検査がいくつかあります。
- 注意機能検査:
- 例:日本版ACTERS(注意・行動評価尺度)、CPT(Continuous Performance Test)など。
- 実行機能検査:
- 例:ウィスコンシンカード分類検査(WCST)、ストループ課題、タワー課題など。
- 包括的な検査の一部として実行機能に関連する下位検査が含まれる場合もあります(例:WISC-IV/Vの処理速度指標やワーキングメモリ指標、KABC-IIの計画尺度など)。
- 質問紙法による評価尺度もあります(例:BRIEF2 実行機能評価尺度)。
検査結果は、あくまで子どもの認知機能の一側面を示すものであり、検査時の状況に影響される可能性も考慮する必要があります。検査結果と、保護者・学校からの情報、観察結果を総合的に判断することが重要です。どの検査を選択するかは、評価の目的や子どもの年齢、特性に合わせて慎重に検討します。
具体的な支援アプローチ
注意機能・実行機能のつまずきに対する支援は、子どもの特性や困難の具体的な現れ方に応じて、環境調整、認知面へのアプローチ、行動面へのアプローチなどを組み合わせて行います。
1. 環境調整と構造化
子どもが自身の注意機能・実行機能の困難に圧倒されず、課題に取り組みやすい環境を整えます。
- 物理的環境の調整:
- 刺激の少ない落ち着いた場所で学習や作業を行う。
- 机の上を整理整頓し、目に入る情報を減らす。
- 必要な物だけを机の上に出しておく。
- 時間的構造化:
- 活動時間と休憩時間を明確にする。
- タイマーやアラームを活用して時間の見通しを持たせる。
- スケジュールや活動の流れを視覚的に提示する(カレンダー、タイムラインなど)。
- 課題の構造化:
- 一度に多くの指示を出さず、一つずつ伝える。
- 複雑な課題は、小さなステップに分解して提示する。
- 課題の終わりを明確にする(例:「ここまで終わったら休憩」)。
2. 声かけと指示の工夫
子どもが指示を理解し、行動に移しやすくするためのコミュニケーションの工夫です。
- 明確で簡潔な指示: 具体的に何をしてほしいのかを分かりやすく伝えます。抽象的な表現は避けます。
- 例:「ちゃんとしなさい」ではなく、「椅子に座って、先生の方を見てください」
- 視覚的な支援の活用: 口頭での指示だけでなく、絵カード、文字、チェックリストなど視覚的な情報も併用します。
- 例:朝の準備リスト、宿題の手順リスト。
- 指示を出す前に注意を引く: 子どもの名前を呼ぶ、肩に優しく触れるなどして、こちらに注意が向いていることを確認してから指示を出します。
- 指示の確認: 指示が伝わったか、子どもに繰り返してもらうなどで確認します。
3. ワーキングメモリへの支援
情報を覚えておくことや、複数の情報を同時に扱うことの困難さに対する支援です。
- メモやリストの活用: 覚えるべきことややるべきことを書き出す習慣をつけます。
- リマインダーの活用: スマートフォンやタイマー、付箋など、忘れないための工夫を取り入れます。
- 情報のチャンク化: 長い情報を短い単位に区切って覚える練習をします。
- 視覚化: 言葉だけの情報だけでなく、図や絵を用いて情報を整理し、覚えやすくします。
4. 衝動性・抑制への支援
考えずに行動してしまうことや、不適切な行動を抑えられないことへの支援です。
- 「止まる」「考える」「行動する」スキルの習得: 行動する前に一旦立ち止まり、結果を予測して、より適切な行動を選択する練習をします。
- クールダウンの場所や方法: 気持ちが高ぶった際に、落ち着くためのスペースや方法を事前に決めておきます。
- ポジティブな行動への注目: 衝動的な言動を抑えられた時など、できた行動に具体的に注目し、強化します。
5. 計画性・組織化への支援
物事の段取りを組むことや、整理整頓の困難さへの支援です。
- 課題の分解と手順の作成: 複雑な課題を小さなステップに分け、それぞれのステップを明確にします。チェックリストや手順表を作成します。
- 例:宿題をする → (1)机を片付ける (2)必要な教科書・ノート・筆記用具を出す (3)今日の宿題を確認する (4)最初の宿題を始める...
- 整理整頓のルール作り: 物を置く場所を決めたり、「〇曜日になったら机の上を片付ける」などルールを決めたりします。ラベリングなども有効です。
- 目標設定と振り返り: 大きな目標を立て、それを達成するための小さな目標を設定します。定期的に振り返りの時間を持つことも有効です。
6. 認知的柔軟性への支援
状況の変化に対応したり、考え方を切り替えたりすることの困難さへの支援です。
- ルールの変更に慣れる練習: 遊びの中で意図的にルールを変更するなど、柔軟な対応が必要な場面を経験します。
- 複数の視点に気づく練習: 物事には様々な見方があることを学びます。
- 代替案を考える練習: うまくいかない時に、「他にどんな方法があるかな?」と一緒に考えます。
実践例(簡潔に)
小学校低学年のA君は、授業中に席を離れることが多い、指示を聞き逃す、忘れ物が多いといった困りが見られました。評価の結果、持続的注意とワーキングメモリ、そして衝動性のつまずきが考えられました。
支援として、まず席を教室の前面、刺激の少ない場所に移動しました。授業中は、先生がA君の名前を呼んでから指示を出すように工夫しました。黒板に今日の学習内容を項目ごとに書き出し、終わったらチェックをつけることで、見通しと達成感を持てるようにしました。また、連絡帳や持ち物リストを親御さんと共有し、視覚的に確認できるようにしました。授業中に立ち上がりそうになった時には、先生がA君の机に近づき、優しく肩に触れて着席を促すなどの具体的な声かけや関わり方を検討しました。
これらの工夫により、A君の授業中の着席時間が増え、指示を聞き逃すことが減りました。忘れ物も少しずつ改善が見られました。重要なのは、子どもの困りの背景にある機能のつまずきを理解し、具体的な困り事に対してオーダーメイドのアプローチを行うことです。
まとめ
注意機能・実行機能のつまずきを持つ子どもへの支援は、一朝一夕に効果が現れるものではありません。子どもの発達段階や個々の特性を丁寧に理解し、環境調整、関わり方の工夫、認知機能への直接的なアプローチなどを組み合わせながら、根気強く取り組むことが重要です。
専門家として、これらの機能の基礎知識を深め、多角的な視点から評価を行い、子どもと保護者の方々に寄り添いながら、具体的な支援方法を提案していくことが求められます。日々の臨床の積み重ねの中で、様々な事例から学び、自らの知識とスキルをアップデートしていく姿勢が、より質の高い支援につながるものと信じております。
本記事が、皆様のさらなる学びと、日々の実践の一助となれば幸いです。