発達性言語症(DLD)のある子どもへの支援 ~評価のポイントと具体的な個別アプローチ~
はじめに
子どもの発達支援に携わる中で、言葉の理解や使用に困難を抱える子どもたちと日々向き合われていることと思います。言葉の発達のつまずきは、単にコミュニケーションの問題に留まらず、学習、社会性の発達、情緒面など、子どもの成長全般に大きな影響を及ぼす可能性があります。
近年、「発達性言語症(Developmental Language Disorder; DLD)」という概念が注目されています。これは、知的な遅れや聴覚の障害、神経系の疾患などが主要な原因ではないにもかかわらず、言語の発達に持続的な困難が見られる状態を指します。DLDのある子どもへの適切な評価と支援は、彼らの可能性を最大限に引き出し、その後の人生を豊かにするために非常に重要です。
この記事では、発達性言語症(DLD)のある子どもへの理解を深め、評価のポイントから個別支援計画に基づいた具体的なアプローチまでを体系的に解説します。日々の臨床における実践的なガイドとして、お役立ていただければ幸いです。
発達性言語症(DLD)とは
発達性言語症(DLD)は、言語の発達が定型発達の子どもと比較して著しく遅れており、その困難が持続的に認められる状態です。国際的な合意形成に基づき、特定の原因疾患がなくとも、言語発達の遅れが子どもの日常生活や学習に影響を及ぼしている場合に用いられる診断名、あるいは状態像を指す言葉として広まりつつあります。
DLDの困難は、単に言葉が出ないといった表出面の問題だけでなく、言葉の意味を理解する受容面、語彙、文法(構文)、コミュニケーションにおける言葉の使い方(語用論)など、言語の様々な側面に現れます。その現れ方は、子どもの年齢や発達段階、個々の特性によって大きく異なります。
- 幼児期: 言葉の出始めの遅れ、単語数の少なさ、二語文・三語文につながらない、発音が不明瞭といった形で気づかれることが多いです。指示の理解が難しい場合もあります。
- 学童期: 複雑な指示や長文の理解が難しい、話の筋道を立てて話すのが苦手、比喩や皮肉が理解できない、読み書きに困難を伴う、抽象的な言葉や概念の理解が遅れるなど、より複雑な言語機能のつまずきとして現れることがあります。
- 青年期以降: 学業成績への影響が顕著になるほか、対人関係におけるコミュニケーションの困難、進路選択や社会参加への影響などが課題となる場合があります。
DLDのある子どもは、併存する発達特性として、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)、自閉スペクトラム症(ASD)などの特性を併せ持っていることも少なくありません。これらの特性が言語の困難とどのように関連しているのかを理解することも、支援を考える上で重要です。
DLDの評価のポイント
DLDの評価は、標準化された検査だけでなく、非公式な評価や多角的な視点を取り入れることが重要です。評価の目的は、単に診断名をつけることではなく、子どもの言語の強みと弱み、日常生活における言語使用の状況、そして効果的な支援につながる情報を得ることにあります。
-
面接・問診:
- 保護者からの生育歴、特に言葉の発達の経過、現在の言語使用の様子、家庭での困りごとなどを詳細に聞き取ります。
- 必要に応じて、本人や学校の先生からも情報を収集します。
- どのような状況で言語の困難が顕著になるのか、子どもの興味関心なども把握します。
-
標準化された言語検査:
- 語彙力、構文理解・表出、語用論など、言語の様々な側面を測る検査を使用します。
- 例:新版K式発達検査、日本版ミラー幼児言語発達検査(M-CHAT)、言語発達遅滞検査(ITPA)、絵画語彙発達検査(PVT)、田中ビネー知能検査、WISC(知能検査の中の言語性指標も参考になる)など。
- 検査結果は、定型発達の子どもとの比較において、どの領域に遅れがあるのかを客観的に把握するために役立ちます。ただし、検査結果のみで全てを判断せず、日常の様子と照らし合わせることが重要です。
-
非公式な評価(行動観察、課題分析):
- 遊びや課題遂行中の子どもの自然な言語使用を観察します。どのような状況で言葉が出やすいか、出にくいか。ジェスチャーや表情など非言語的な手段をどのように使っているか。
- 特定の言語機能を評価するための課題を設定し、子どもの反応を詳細に分析します(例:指示理解の課題、絵を見て説明する課題、お話作り、役割遊びなど)。
- エラー分析を行います。どのような種類の間違いが多いのか(例:助詞の誤り、単語の言い間違え、語順の誤りなど)を丁寧に分析することで、言語のどの規則やつながりの理解が不十分なのかが見えてきます。
-
言語機能ごとの評価:
- 語彙: 理解語彙と表出語彙の量だけでなく、単語の意味ネットワークの豊かさ、抽象語の理解などを評価します。
- 構文: 文の理解(単文、複文、複雑な文)、文の産出(使える文の種類や長さ、文法的な正確さ)を評価します。
- 語用論: コミュニケーションの目的(要求、質問、応答など)を果たすために言葉を適切に使えるか、会話の開始・維持・終了、文脈に応じた言葉遣い、非言語コミュニケーションとの組み合わせなどを評価します。
-
環境・文脈の影響評価:
- どのような環境(例:馴染みの場所か、騒がしい場所か)や文脈(例:一対一か、集団か、急かされているか)で言語機能がどのように変化するかを評価します。これは、支援環境の設定や具体的な介入方法を考える上で重要な情報となります。
評価を通して得られた情報は、単に羅列するのではなく、なぜその言語のつまずきが起きているのか、子どもの全体的な発達の中でどのような位置づけにあるのかといった臨床推論を行い、個別支援計画へとつなげていきます。
具体的な個別支援アプローチ
DLDのある子どもへの支援は、個別支援計画に基づき、子どもの現在の言語レベル、つまずきの特性、年齢、興味関心、そして環境などを考慮して行います。以下に、具体的なアプローチの考え方と例を示します。
-
支援の原則:
- 根拠に基づいたアプローチ: 最新の研究で効果が示されている介入方法を参考にします。
- 個別性: 子どものニーズに合わせて目標と方法を設定します。
- 機能的目標設定: 日常生活や学習において、子どもが「できるようになりたいこと」「困っていること」に焦点を当てた目標を設定します(例:「友達に自分の遊びたいものを言葉で伝えられるようになる」)。
- 構造化された環境: 子どもが見通しを持って課題に取り組めるよう、指示の出し方、教材の提示方法などを工夫します。
- 多感覚的なアプローチ: 視覚、聴覚、触覚など様々な感覚を通して言語情報に触れる機会を提供します。
- 成功体験の積み重ね: 子どもが「できた」という感覚を得られるような課題設定とフィードバックを行います。
-
各言語機能へのアプローチ例:
- 語彙へのアプローチ:
- ターゲット語彙の選定:子どもの興味や、日常生活でよく使う言葉から選びます。
- 多感覚的な提示:実物、絵カード、写真、動作などを用いて、様々な角度から言葉の意味を提示します。
- 語彙ネットワークの拡充:「りんご」なら「果物」「赤い」「甘い」「丸い」といった関連語彙や概念を一緒に学びます。分類や対義語、類義語なども扱います。
- 繰り返しと定着:様々な文脈で繰り返し使い、定着を促します。
- 構文へのアプローチ:
- ターゲット構文の選定:現在の言語レベルより少し上の、次に獲得を目指したい構文を選びます。
- モデル提示:大人(支援者)が正しい構文を自然な会話の中で繰り返し提示します。「〜してから、〜する」のような接続詞を使った文、過去形、助詞などをターゲットとします。
- リキャスト(Recasting):子どもが発話した文の間違いを、意味を変えずに正しい構文で言い直して聞かせます。
- 拡張法(Expansion):子どもの発話に単語や句を付け加え、より長く文法的に正しい文に発展させて返します。
- 絵カードやシンボル:文の構成要素(主語、動詞、目的語など)を視覚的に示し、文作りのルールを理解しやすくします。
- 語用論へのアプローチ:
- 意図の伝達練習:要求、質問、報告など、コミュニケーションの目的を明確に伝える練習を、役割遊びなどを通して行います。
- 会話スキルの練習:挨拶、話題の開始・維持・転換、相槌、質問への応答、相手の非言語的サインを読む練習などを、具体的な場面設定で行います。
- 社会的物語(Social Stories):特定の社会的状況における適切な行動や言葉遣いを、短い物語形式で提示します。
- 文脈に応じた言葉遣い:誰に話すか、どのような場所で話すかによって言葉遣いが変わることを教えます。
- 語彙へのアプローチ:
-
受容言語へのアプローチ:
- 指示の通りやすさの工夫:一度に伝える指示の数を減らす、ゆっくり話す、重要なキーワードを強調する、ジェスチャーや絵を併用する、子どもが理解しているか確認する。
- 語彙・構文理解の練習:絵カードや具体物を使ったマッチング課題、簡単な質問への応答、短い物語の聞き取りと質問など。
- 抽象的な概念の理解支援:具体的な例や図、体験を通して、時間、空間、感情などの抽象的な概念の理解を促します。
-
表出言語へのアプローチ:
- 発話を促す環境設定:子どもが話したいと思えるような、興味を引く活動や話題を提供します。
- 待つことの重要性:子どもが言葉を探したり、構成したりするのに時間がかかる場合があるため、適切に待つ姿勢を持ちます。
- 選択肢の提示:言葉が出にくい場合に、「〜と〜、どっちがいいかな?」のように選択肢を提示し、発話をサポートします。
- 代替・補助コミュニケーション(AAC):言葉だけでは伝えきれない場合に、絵カード、コミュニケーションブック、音声出力装置など、他の手段の使用を検討します。
-
家庭・学校との連携:
- 支援で取り組んでいる内容や方法を保護者や学校と共有し、一貫した関わりができるようにします。
- 家庭や学校での具体的な困りごとを聞き取り、支援内容に反映させます。
- 家庭や学校でできる、言語発達を促すような具体的な関わり方について助言します(例:絵本の読み聞かせの工夫、〇〇という言葉を家庭でも意識して使う、具体的な言葉で褒めるなど)。
支援効果の評価と支援計画の見直し
支援を開始した後も、定期的に子どもの変化を評価し、支援計画が適切であるかを見直すことが不可欠です。
- 目標達成度の評価: 個別支援計画で設定した目標について、具体的な行動としてどの程度達成できたかを評価します。例えば、「要求を伝える際に『〜ください』と言えるようになる(週に3回以上)」という目標であれば、実際の場面での発話回数などを記録します。
- 新たな課題の発見: 支援を進める中で、これまで見えていなかった言語のつまずきや、発達に伴って生じる新たな課題が明らかになることがあります。
- 環境の変化への対応: 進級、転校など、子どもを取り巻く環境の変化に合わせて、支援の内容や目標を調整します。
定期的な評価と、それに基づく支援計画の見直しは、より効果的で、子どもの成長に即した支援を提供するために重要なプロセスです。
まとめ
発達性言語症(DLD)のある子どもへの支援は、その複雑さと多様性から、専門家にとって時に難しさを伴うかもしれません。しかし、DLDへの正しい理解に基づき、子どもの言語特性を丁寧に評価し、個々のニーズに合わせた具体的なアプローチを体系的に行うことで、子どもたちのコミュニケーション能力や社会参加の可能性を大きく広げることができます。
この記事が、DLDのある子どもへの支援に取り組む皆様の実践の一助となり、日々の臨床において子どもたちの発達を力強くサポートしていくためのガイドとなれば幸いです。学びを深め、様々な症例への対応力を高めていくことは、専門家としての成長につながります。この情報が、皆様の貴重な臨床経験をより豊かなものとするための一歩となることを願っています。