「困った行動」への機能分析に基づく理解と支援:評価と実践的なアプローチ
はじめに:なぜ「困った行動」を理解することが重要なのか
子どもの発達支援に携わる中で、私たちは様々な「困った行動」に直面することがあります。例えば、授業中に席を離れてしまう、友達に手が出てしまう、特定の活動を頑なに拒否するなど、その形は多様です。これらの行動は、子ども自身や周囲の人々にとって困難を引き起こす可能性があります。
これらの行動を単に「問題行動」として捉え、やめさせることだけを目指すアプローチは、根本的な解決に繋がりにくい場合があります。「困った行動」の多くは、子どもが置かれた環境や状況に対して、何らかの意図や機能を持っていると考えられています。つまり、子どもはその行動を通して、何かを伝えようとしていたり、特定の目的を達成しようとしていたりする可能性があるのです。
本記事では、「困った行動」の背景にある要因を体系的に理解するための評価手法である「機能分析」に焦点を当てます。機能分析は、行動と環境との関係性を明らかにし、その行動がどのような目的(機能)を果たしているのかを解明するためのフレームワークです。機能分析に基づく理解は、単に行動を抑制するのではなく、子どものニーズに寄り添い、より適応的な行動を育むための具体的な支援計画を立案する上で、非常に強力な手助けとなります。
経験が浅い発達支援専門家の方々にとって、様々な症例や行動パターンに直面した際に、どのようにその背景を理解し、どのようなアプローチを選択すれば良いか迷うことがあるかもしれません。機能分析は、そのような状況において、行動の理解から支援へ繋げるための道筋を示してくれる実践的なツールです。
機能分析とは何か:行動と環境の関係を理解する
機能分析は、行動科学、特に応用行動分析(Applied Behavior Analysis; ABA)の基本的な考え方の一つです。特定の行動がどのような状況で起こり、その行動の結果どのようなことが起こるのかを分析することで、その行動が子どもにとってどのような「機能」、すなわち目的や役割を果たしているのかを明らかにします。
機能分析では、一般的に以下の3つの要素の関係に注目します。
- 先行事象 (Antecedent; A): 行動が起こる直前に存在する環境要因や状況です。例:特定の指示が出された、好きな遊びを取り上げられた、一人になった、など。
- 行動 (Behavior; B): 分析の対象となる具体的な行動です。客観的に観察・測定できる形で記述することが重要です。例:大声を出す、物を投げる、その場から立ち去る、など。
- 結果事象 (Consequence; C): 行動が起こった直後に生じる環境の変化です。この結果が、将来的にその行動が再び起こるかどうか(行動の頻度や強さ)に影響を与えます。例:要求が通った、嫌な課題から逃れられた、注目された、落ち着くことができた、など。
このA-B-Cの連鎖を分析することを、「ABC分析」と呼びます。ABC分析を繰り返すことで、特定の行動がどのような先行事象によって誘発されやすく、どのような結果が得られることで維持されているのか、その機能が見えてきます。
例えば、「授業中に席を離れる」という行動(B)があったとします。その行動の先行事象(A)が「難しい課題が出された時」であり、その行動の結果(C)として「課題に取り組まなくて済んだ(先生が席に戻るよう声をかけることに時間を取り、課題から一時的に解放された)」という結果が得られているとすれば、この行動は「困難な課題からの逃避」という機能を持っている可能性が考えられます。また別のケースでは、同じ「授業中に席を離れる」という行動(B)でも、先行事象(A)が「誰からも注目されていない時」で、結果(C)が「先生や友達から注目された」であるならば、この行動は「他者からの注目を得る」という機能を持っていると考えられます。
このように、同じように見える「困った行動」であっても、その機能は子どもによって、あるいは状況によって異なる可能性があるのです。機能分析は、この行動の裏にある「なぜ」に迫るための体系的なアプローチと言えます。
機能分析の具体的な手順
機能分析は、いくつかの段階を経て進められます。
ステップ1:ターゲット行動の特定と定義
まず、分析の対象とする「困った行動」を具体的に特定します。そして、誰が見ても同じように認識できるよう、客観的かつ具体的に行動を定義します。例えば、「落ち着きがない」といった曖昧な表現ではなく、「着席時間中に椅子から立ち上がり、教室内を歩き回る」のように、行動そのものを明確に記述します。頻度や持続時間、強度なども把握しておくと、後の評価や支援効果の測定に役立ちます。
ステップ2:情報の収集(ABCデータの記録)
特定したターゲット行動について、実際にその行動が起こる場面で情報を収集します。主な情報収集方法として、直接観察によるABCデータの記録があります。
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ABC記録: 行動が起こるたびに、その直前の状況(A)、具体的な行動(B)、行動の直後の結果(C)を記録します。誰が、どこで、いつ、何をしていたか、行動の具体的な内容、行動後に何が起こったか、などを詳細に記述します。可能であれば、複数の支援者や保護者が異なる場面で記録することで、より多角的な情報が得られます。
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面接・質問紙: 子ども自身(年齢や理解度に応じて)、保護者、教師、その他の関係者から、行動が起こりやすい状況、その行動を始めたきっかけ、行動を起こした時にどのような結果になることが多いかなどについて聞き取りを行います。これにより、行動の履歴や、関係者が行動をどのように捉えているかといった主観的な情報も得られます。
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既存の記録の検討: 過去のアセスメント記録、支援計画、連絡帳などを確認し、行動に関する記述や、過去に試みられた支援とその効果に関する情報を収集します。
ステップ3:仮説の形成(機能の特定)
収集したABCデータや面接情報などに基づいて、ターゲット行動の機能についての仮説を立てます。分析されたパターンから、その行動が主にどのような目的で維持されている可能性が高いかを見立てます。行動の主な機能は、大きく分けて以下の4つに分類されることが多いです。
- 他者からの注目獲得: ポジティブな注目(褒められる、心配される)またはネガティブな注目(叱られる、注意される)を得るために行動する。
- 要求の獲得: 特定の物品(おもちゃ、食べ物)や活動(遊び、特定の場所へ行く)を得るために行動する。
- 回避・逃避: 嫌な状況、課題、人などから逃れるために行動する。
- 感覚的な自己刺激: 特定の感覚刺激(体の動き、音、視覚刺激など)を得ることで、心地よさを感じたり、感覚的なニーズを満たしたりするために行動する。
複数の機能が複合的に関わっている場合や、状況によって機能が異なる場合もあります。収集したデータに最も裏付けられる仮説を複数立て、それぞれについて検討することが重要です。
ステップ4:仮説の検証(必要な場合)
立てた仮説が正しいかどうかを、意図的に状況を操作して確認する場合があります。例えば、「課題が難しいときに席を離れるのは、課題からの逃避のため」という仮説を検証するために、課題の難易度を変えて行動の変化を観察したり、課題中に休憩を挟むことで行動が減少するかを確認したりします。ただし、これは専門的な知識と倫理的な配慮が不可欠であり、全てのケースで行う必要はありません。日常的なABC記録のパターンが明確であれば、そのデータに基づいて支援計画に進むことが一般的です。
ステップ5:機能に基づいた支援計画の立案
機能分析によって特定された行動の機能に基づき、具体的な支援計画を立案します。支援の目的は、ターゲット行動を単に抑制することではなく、その行動の機能を満たすための、より適切で適応的な代替行動を子どもが身につけられるように支援することです。
支援計画には、以下の要素を含めることが考えられます。
- 代替行動の定義: ターゲット行動と同じ機能を持つ、より適切で受け入れられやすい行動を具体的に定義します。例えば、「大声を出す」こと(機能:要求の獲得)の代替行動として、「絵カードで要求を伝える」ことなどを設定します。
- 先行事象への介入: 行動を引き起こしやすい状況(先行事象)を調整します。例:難しい課題の前に短い休憩を挟む、指示をより分かりやすく伝える、視覚的なスケジュールを用いる、環境を構造化するなど。
- 代替行動への強化: 代替行動が適切にできた際に、ターゲット行動と同じ機能を持つ結果(報酬)がより確実に、かつ迅速に得られるようにします。例:絵カードで要求を伝えたらすぐに要求に応じる、など。
- ターゲット行動への消去または弱化: ターゲット行動が起こった際に、これまでは得られていた機能(結果)が得られないようにします(消去)。または、ターゲット行動に対して、代替行動を強化するよりも不利な結果を伴うようにします(弱化)。ただし、消去は一時的な行動の増加(消去バースト)を引き起こす可能性があり、弱化については倫理的な配慮が非常に重要です。最も推奨されるアプローチは、代替行動の強化と先行事象への介入を中心に行うことです。
- スキル指導: 代替行動や、行動の背景にあるスキル(コミュニケーションスキル、感情調整スキル、問題解決スキルなど)が不足している場合は、直接的に指導します。
ステップ6:支援計画の実施と効果測定
立案した支援計画を実行し、ターゲット行動や代替行動の変化を継続的に観察・記録します。ABC記録を継続したり、特定の行動の頻度をグラフ化したりすることで、支援の効果を客観的に評価します。
ステップ7:評価と修正
効果測定の結果に基づいて、支援計画が有効であるか評価を行います。期待する効果が得られていない場合は、機能分析の仮説が適切であったか、支援内容が機能に基づいて適切に立案・実施されているかなどを再検討し、必要に応じて計画を修正します。支援は一度立てたら終わりではなく、子どもの変化や状況に応じて柔軟に見直しを行うことが重要です。
具体的な機能分析の例と支援アプローチ
ここでは、よく見られる「困った行動」の一つを取り上げ、機能分析に基づいた理解と支援の具体的な流れを例示します。
ケース例:A君(5歳)
- ターゲット行動: 課題活動中(特に机上での個別課題)に、突然大声を出したり、立ち歩いたりする。
機能分析の実施
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ABC記録からの観察:
- A(先行事象):先生がA君に「このパズルを完成させようね」と指示を出した時。課題の量が多かった時。
- B(行動):大声を出す、椅子から立ち上がり部屋の中を歩き回る。
- C(結果事象):先生が「どうしたの」「座ろうね」と声をかけ、課題の進行が止まる。あるいは、課題そのものが中断される。
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面接からの情報:
- 保護者:家でも難しいことや嫌なことがあると、かんしゃくを起こしたり、その場から離れたりすることがある。
- 先生:指示は理解しているように見えるが、すぐに集中が途切れることが多い。成功体験が少ない。
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仮説の形成: A君の行動は、「困難な課題からの回避・逃避」という機能を持っている可能性が高い。課題が難しいと感じたり、量が多かったりすると、大声を出したり立ち歩いたりすることで、課題に取り組まなければならない状況から逃れようとしているのではないか。
機能に基づいた支援計画の立案と実施
仮説に基づいて、以下の支援計画を立てました。
- 代替行動の定義: 「難しい」と感じたときに、立ち歩く代わりに「先生に助けを求める(言葉で伝える、アイコンタクトする、手を挙げるなど)」、または「短い休憩を要求する(絵カードを渡すなど)」といった行動を代替行動とする。
- 先行事象への介入:
- 課題の難易度や量をA君の現在のスキルに合わせて調整し、成功体験が得られやすいようにする。
- 課題を始める前に、終わったら楽しい活動ができるといった見通しを示す(視覚的なスケジュールやご褒美の提示)。
- 課題を小さなステップに分け、ステップごとに達成感を得られるようにする。
- 課題時間中に、意図的に短い休憩時間を設ける。
- 代替行動への強化:
- A君が「難しい」という表情をしたり、先生に助けを求めようとしたり、休憩を要求するサインを見せたりしたら、すぐに肯定的に応答する。「お手伝いしようか」「ちょっと休憩しようか」など。
- 代替行動を取った際には、すぐに課題の中断(機能)または肯定的な関わり(機能)を提供し、その行動が有効であることを学習させる。
- ターゲット行動への消去または弱化:
- 大声を出したり立ち歩いたりしても、できる限り淡々と対応し、行動の機能である「課題からの逃避」に繋がりやすいような反応(例:長時間にわたる説得や叱責で課題が中断される)は避ける。ただし、安全確保は最優先で行う。
- A君が落ち着いて課題に取り組んでいる、あるいは代替行動を使っている際には、具体的に褒めるなど、肯定的な注目を提供する。
効果測定と評価
支援計画実施後、課題中の大声や立ち歩きの頻度を記録しました。その結果、支援開始から数週間でターゲット行動の頻度が減少し、代わりに先生に助けを求めたり、休憩を要求するような行動が見られるようになりました。課題への集中時間も徐々に伸びてきました。
この結果から、立てた仮説と支援計画がA君にとって有効であったと評価できます。今後も代替行動の定着を目指し、成功体験を積み重ねられるように支援を継続・調整していくことになります。
機能分析を実践する上でのポイント
機能分析は強力なツールですが、効果的に実践するためにはいくつかのポイントがあります。
- 客観的な観察: 主観的な解釈を避け、事実に基づいた客観的な行動観察を心がけます。「やる気がない」「わざとやっている」といった解釈ではなく、「~という指示に対し、顔を背け、椅子を後ろに引いた」のように、具体的な行動そのものを記述します。
- 多角的な視点: 一人の観察や記録だけでなく、複数の関係者(保護者、教師、他の専門職など)からの情報収集を行うことで、行動の全体像や異なる場面での違いを理解することができます。
- 根気強い記録: ABC記録は手間のかかる作業ですが、正確な情報を得るためには根気強く続けることが重要です。短い期間の記録だけでは、行動の真の機能を見誤る可能性があります。
- 倫理的な配慮: 行動の「機能」を操作するような支援(例:特定の行動を意図的に無視する消去手続きなど)を行う際には、子どもの安全や心理状態に十分配慮し、倫理的に問題がないか慎重に検討する必要があります。専門的な指導や他の専門職との連携の下で行うことが望ましいです。
- 柔軟な対応: 機能分析で立てた仮説はあくまで「仮説」です。支援を進める中で効果が見られない場合は、仮説が間違っていた可能性や、支援内容が不適切である可能性を考慮し、柔軟に考え方を修正することが必要です。
- ポジティブな視点: 「困った行動」の機能は、子どもが環境に適応しようとした結果生じていると捉えることができます。支援の焦点は、行動を罰することではなく、子どもがよりポジティブな方法でニーズを満たせるようにサポートすることにある点を常に意識します。
まとめ:機能分析を日々の実践に活かす
本記事では、「困った行動」の背景理解に役立つ機能分析について解説しました。機能分析は、行動と環境の関連性を体系的に捉え、行動の裏にある「機能」を明らかにするための実践的な評価ツールです。
経験の浅い発達支援専門家にとって、多様な子どもの行動パターンに直面した際に、機能分析の視点を持つことは、行動の表面的な部分に惑わされず、その本質的な意味や目的を理解するための助けとなります。ABC分析による丁寧な情報収集、仮説の形成、そしてその機能に基づいた代替行動の支援といった一連のプロセスは、子ども一人ひとりに合わせた効果的な個別支援計画を作成するための基盤となります。
機能分析は、一度学べばすぐに完璧に使いこなせるものではないかもしれません。日々の臨床の中で、様々なケースに機能分析の考え方を適用し、試行錯誤を繰り返すことで、そのスキルは磨かれていきます。ぜひ、目の前の子どもの「困った行動」に直面した際に、「この行動はどんな目的を持っているのだろう」「この行動の前に何が起きたかな」「この行動の後に何が起きているかな」と考えてみてください。その問いかけこそが、機能分析の第一歩であり、子どもの行動をより深く理解し、適切な支援に繋げるための重要な視点となるはずです。
この知識が、読者の皆様の日々の実践における一助となり、より多くの子どもの健やかな発達をサポートすることに繋がることを願っております。