発達特性のある子どもへの運動・身体活動支援:評価の視点と具体的なアプローチ
発達支援の現場では、子どもたちの認知、コミュニケーション、社会性といった側面に加え、運動や身体活動に関するつまずきに遭遇することも少なくありません。運動機能の困難は、日常生活の動作や学校での体育活動、集団での遊びへの参加など、子どもの様々な側面に影響を与える可能性があります。これらのつまずきを適切に理解し、効果的な支援を提供することは、子どもたちの全体的な発達を促進する上で非常に重要です。
この実践ガイドでは、発達特性のある子どもたちに見られやすい運動・身体活動におけるつまずきについて理解を深め、日々の実践に役立つ評価の視点や具体的な支援アプローチについて解説します。
運動・身体活動における「つまずき」の理解
発達特性のある子どもたちに見られる運動・身体活動のつまずきは多様です。特定の診断名に関連する運動面の困難だけでなく、診断には至らないまでも、協調運動のぎこちなさや身体の使い方に関する困り感が見られることがあります。
代表的なつまずきの例として、以下のようなものが挙げられます。
- 協調運動の困難:複数の身体部位をスムーズに連携させて動かすことが難しい状態です。縄跳び、ボール投げ・捕り、ハサミを使う、ボタンを留める、箸を使うといった動作にぎこちなさが見られることがあります。これは発達性協調運動症(DCD)と呼ばれる状態と関連することもあります。
- 粗大運動の困難:全身を使った大きな動きに関わる困難です。走る、跳ぶ、階段を上り下りする、バランスを取るなどが苦手な場合があります。姿勢を保つことにも困難が見られることがあります。
- 微細運動の困難:手先や指先を使った細かい動きに関わる困難です。鉛筆を適切に持つ、文字を書く、絵を描く、積み木を積むといった動作が苦手な場合があります。
- ボディイメージや空間認知の困難:自分の体の位置や動き、空間内での自分と物との距離感を把握することが難しい場合があります。これが、人や物にぶつかる、体の片側だけを使いすぎる、といった形で現れることがあります。
- 感覚処理の偏りとの関連:特定の感覚(固有受容覚、前庭覚、触覚など)の感じ方や処理の仕方に偏りがあることが、運動や身体の使い方のつまずきと関連することがあります。例えば、体の位置や動きを感じ取りにくい(固有受容覚の鈍感さ)、体のバランスを保ちにくい(前庭覚の処理困難)といったケースです。
これらのつまずきは単独で現れるだけでなく、複数組み合わさって見られることもあります。また、知的発達や言語発達の遅れ、注意機能の課題など、他の発達特性と併存している場合、運動面での困難がさらに複雑になる可能性もあります。
評価の視点:どのように子どもの運動・身体活動を理解するか
子どもの運動・身体活動のつまずきを理解するためには、多角的な視点からの評価が不可欠です。形式的な検査だけでなく、日々の生活や活動の中での様子を丁寧に観察し、保護者や子ども本人から話を聞くことが重要です。
1. 非形式的な評価(観察・聞き取り)
最も日常的かつ重要な評価の方法は、子どもが様々な状況でどのように体を動かしているかを観察し、関係者から詳しく話を聞くことです。
- 観察のポイント
- 日常動作:着替え、食事(箸やスプーンの使い方)、排泄、移動(歩く、走る、階段)、物の操作(ドアノブ、蛇口、ハサミ、鉛筆)など、普段の生活の中でぎこちなさが見られる場面がないか。
- 遊びの中:鬼ごっこ、ボール遊び、遊具(滑り台、ブランコ、ジャングルジム)、積み木、粘土、お絵かきなど、どのような遊びに参加しているか、どのような動きに困難が見られるか。
- 集団活動の中:体操、ダンス、集団遊び、体育の時間など、他の子どもたちとの比較において、ついていくのが難しい様子がないか。ルールのある動きや、模倣する動きの習得に時間がかかるか。
- 姿勢とバランス:座っている時の姿勢は安定しているか、立っている時にふらつきやすいか、片足立ちやバランスボールは得意か。
- 動きの質:動きに無駄が多いか、ぎこちないか、力が入りすぎているか、逆に力が弱すぎるか。スムーズさ、正確さ、協調性などを観察します。
- 活動への参加意欲:特定の運動や身体活動を避けようとするか、それとも積極的に参加しようとするか。困難を感じている活動に対して、どのような態度を示しているか。
- 環境による違い:場所(室内、屋外)、活動内容、一緒にいる人によって、身体活動の様子に変化があるか。
- 聞き取りのポイント
- 保護者から:子どもの乳幼児期の運動発達のマイルストーン(首すわり、寝返り、お座り、ハイハイ、つかまり立ち、一人歩きなど)について確認します。家庭での様子(どのような遊びを好むか、どのような活動を苦手とするか、日常生活で困っていること)を具体的に尋ねます。
- 子ども本人から:年齢や理解度に応じて、好きな活動や苦手な活動、やってみたいことなどを聞きます。困っていると感じていることや、どのように感じているかを知る手がかりになります。
- 関係者から:保育園、幼稚園、学校の先生や他の支援者から、集団の中や学習場面での運動・身体活動に関する様子を聞き取ります。
2. 形式的な評価
必要に応じて、標準化された評価ツールを使用することも、客観的な情報を得る上で有効です。子どもの発達水準や評価の目的に応じて、適切なツールを選択します。
- 運動発達検査:乳幼児から学齢期の子どもを対象とした運動発達全般を評価する検査(例:新版K式発達検査、PDMS-2など)。
- 協調運動の評価ツール:協調運動に特化した評価ツール(例:MABC-2など)。
- 姿勢・バランスの評価ツール:姿勢制御やバランス能力を評価するツール。
これらの形式的な評価結果は、非形式的な観察や聞き取りで得られた情報と合わせて解釈することが重要です。単に得点を見るだけでなく、検査中の子どもの取り組み方やエラーの質など、定性的な情報を得られるよう意識します。
具体的な支援アプローチ
評価に基づき、子どもの個別のニーズや目標に合わせた支援計画を立てます。運動・身体活動支援においては、単に特定のスキルを教え込むだけでなく、子どもが自信を持って様々な活動に参加できるようになることを目指します。
1. 支援の基本的な考え方
- 楽しさを重視する:子どもが主体的に取り組めるよう、遊びの要素を取り入れたり、子どもの興味関心に基づいた活動を選択したりします。
- 成功体験を積む:子どもの「できた」という感覚を大切にし、自己肯定感を育みます。難易度を適切に調整し、少し頑張れば達成できる課題を設定します。
- スモールステップで進める:複雑な動きは小さな要素に分解し、一つずつ段階的に習得できるよう支援します。
- 個別性を尊重する:子どもの発達段階、特性、興味、体力などを考慮し、一人ひとりに合った支援方法や活動内容を検討します。
- 機能的な動きを目指す:日常生活や集団生活で実際に必要となる動きの獲得を目指します。特定の運動スキルだけでなく、姿勢の安定や体のコントロールといった土台となる力も育む視点を持ちます。
2. 具体的な活動例と工夫
子どものつまずきや目標に応じて、様々な活動を取り入れることができます。
- 協調運動の向上:
- ボールを使った活動:キャッチボール(距離やボールの大きさ、速さを調整)、ドリブル、的当て。手と目の協応や力加減の調整を促します。
- なわとび:跳び方だけでなく、回し方やリズムを取る練習から始めます。
- 手先を使った活動:ボタン練習、ファスナー練習、洗濯ばさみを使った遊び、ビーズ通し、ひも結び。日常生活に直結するスキルの獲得を目指します。
- バランス・姿勢制御の向上:
- バランスストーンや一本橋:不安定な場所を渡ることでバランス感覚を養います。
- マット運動:前転、後転、側転など。体の軸や回転の感覚を掴む練習になります。
- 動物模倣:クマ歩き、カニ歩きなど、様々な四つ這いや姿勢での移動を取り入れます。
- ボディイメージ・空間認知の向上:
- 模倣遊び:大人のポーズや動きを真似ることで、自分の体の部位の認識や動かし方を学びます。
- 障害物コース:机の下をくぐる、椅子を飛び越える、マットの上を転がるなど、様々な動きを取り入れたコースを設定し、空間内での体の使い方を練習します。
- 体を使った表現遊び:音楽に合わせて体を動かす、感情を体で表現するなど。
- 遊びの中での工夫:
- ルールを単純化する、役割分担を明確にするなど、集団遊びに参加しやすくなるよう調整します。
- 競争を避け、協力する要素を取り入れた活動を企画します。
- 子どもの得意な動きや遊びを活かし、それを発展させる形で支援に繋げます。
3. 環境調整と声かけ
- 環境調整:活動スペースの安全を確保し、子どもが集中できる環境を整えます。必要に応じて、滑りにくい床材、姿勢を安定させるための椅子やクッション、握りやすい道具などを検討します。
- 声かけとフィードバック:具体的にどのように体を動かすか、言葉やジェスチャーで分かりやすく伝えます。「手を高く上げて」「足は肩幅に開いて」など。成功した動きや頑張っている過程を具体的に褒め、「こうするともっとやりやすいよ」といった肯定的なフィードバックを行います。抽象的な指示や否定的な言葉は避けます。
4. 多職種連携と家庭との連携
運動・身体活動の支援は、専門職種(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、保育士、教師、医師など)がそれぞれの視点を持ち寄り、連携して行うことが理想的です。また、家庭での継続的な取り組みは、スキルの定着や汎化にとって非常に重要です。保護者に対して、子どものつまずきや支援の目的、家庭でできる具体的な関わり方について丁寧に説明し、協力を得られるよう努めます。
まとめ
発達特性のある子どもの運動・身体活動に関するつまずきへの支援は、子どもたちが自信を持って日常生活や様々な活動に参加するために不可欠です。つまずきの背景にある要因を多角的な視点から評価し、子どもの特性や興味関心に合わせた個別的なアプローチを行うことが重要です。
遊びや日常の活動の中に支援の機会を見出し、楽しさや成功体験を大切にしながら、スモールステップで着実に進めていく姿勢が求められます。このガイドが、日々の臨床における子どもたちの運動・身体活動支援の一助となれば幸いです。継続的な学びと実践を通して、子どもたちの可能性を最大限に引き出す支援を目指していきましょう。