非言語コミュニケーションの理解と支援 ~発達支援の具体的なアプローチ~
はじめに
子どもの発達支援において、コミュニケーション能力の育成は非常に重要な要素です。コミュニケーションというと、言葉(言語)によるやり取りに注目しがちですが、言葉以外の情報、すなわち非言語コミュニケーションもまた、円滑な人間関係や社会性の発達に不可欠な役割を果たしています。
非言語コミュニケーションには、表情、視線、ジェスチャー、身体の動き、声のトーン、間の取り方など、多様な要素が含まれます。これらの非言語的なサインは、話し手の感情や意図を伝えたり、聞き手の理解を助けたり、会話の流れを調整したりするために無意識のうちに用いられています。
発達に特性のある子どもの中には、非言語コミュニケーションの理解や使用に難しさを抱えている場合があります。これは、コミュニケーションの困難さや社会性の課題に繋がることが少なくありません。本記事では、子どもの非言語コミュニケーションについて理解を深め、日々の発達支援で役立つ具体的なアプローチについて解説いたします。
非言語コミュニケーションの重要性
なぜ、子どもの発達支援において非言語コミュニケーションへの理解と支援が重要なのでしょうか。その理由をいくつか挙げます。
- 感情や意図の伝達: 言葉だけでは伝えきれない感情の機微や本当の意図は、表情や声のトーンなどの非言語的なサインによって補われます。子どもはこれらのサインを読み取ることで、相手の気持ちを理解し、自分の気持ちを伝える方法を学びます。
- 人間関係の構築: 適切な非言語コミュニケーション(例:挨拶時のアイコンタクト、相手の話を聞くときの頷き)は、他者との信頼関係を築く上で基盤となります。
- 社会性の発達: 集団の中での立ち振る舞い、場の雰囲気を読むこと、暗黙のルールを理解することなども、非言語的な情報によって支えられています。友達との遊びや共同活動においても、非言語的なサインの交換は欠かせません。
- 言語理解の補助: 話し手の表情やジェスチャーは、言葉の意味を理解するためのヒントとなります。特に、語彙や文法の発達が途上の子どもにとって、非言語的な情報は言葉の理解を助ける重要な手がかりとなります。
- 自己表現の手段: 言葉でうまく気持ちを表現できない子どもにとって、ジェスチャーや表情は重要な自己表現の手段となります。
非言語コミュニケーションにおけるつまずきは、誤解を生みやすくなったり、集団に馴染みにくくなったり、コミュニケーション自体を避けたりすることに繋がりかねません。そのため、これらのサインを「気づく」「理解する」「適切に使う」ための支援が必要となります。
非言語コミュニケーションの評価の視点
子どもの非言語コミュニケーションを支援するためには、まずその子の現状を適切に評価することが出発点となります。評価は、標準化された検査だけでなく、日々の観察や保護者からの情報収集を組み合わせることが重要です。
観察による評価のポイント
様々な場面(一対一の関わり、集団活動、自由遊びなど)で、子どもの非言語的な行動を注意深く観察します。
- 視線:
- コミュニケーションの開始や維持のために視線を使うか。
- 相手の顔(特に目元)を見るか。
- 興味のあるものや人に視線を向けるか。
- 視線恐怖や視線回避があるか。
- 表情:
- 感情(喜び、悲しみ、怒り、驚きなど)に応じた表情が現れるか。
- 相手の表情から感情を読み取ろうとするか。
- 無表情や定型的な表情になりやすいか。
- ジェスチャー:
- 要求や意思伝達のために指差しや身振り手振りを使うか(例:「ちょうだい」の手、頷き、首振り)。
- 感情表現のためにジェスチャーを使うか(例:嬉しくて飛び跳ねる、嫌で手を振る)。
- 言葉と一緒にジェスチャーを使うか。
- 相手のジェスチャーを模倣したり、意味を理解したりできるか。
- 声のトーン・抑揚:
- 感情や質問、命令などの意図に応じて声のトーンや抑揚を使い分けるか。
- 単調な話し方になりやすいか。
- 身体の動き・姿勢:
- 相手の方を向いて話すか。
- 活動への興味や集中が身体の姿勢に現れるか。
- 不器用さや定型的な動き(常同行動)が見られるか。
- 間の取り方:
- 会話のキャッチボールにおける「間」を理解し、適切に自分の番で話し始めるか。
保護者からの情報収集
家庭での様子は、支援のヒントが多く含まれています。保護者に対し、子どもがどのような時に非言語的なサインを使うか、または使わないか、家庭で困っていることなどを具体的に聞き取ります。動画を共有してもらうことも有効な場合があります。
非言語コミュニケーションの発達支援における具体的なアプローチ
評価に基づき、その子どもの特性や課題に合わせた支援計画を立て、具体的なアプローチを実施します。
1. 専門家自身の非言語コミュニケーションを意識する
子どもへの支援において、私たち専門家自身の非言語コミュニケーションは重要なモデルとなります。
- 分かりやすい表情: 感情が伝わりやすい、少し大きめの表情で関わることを意識します。楽しさ、驚き、共感などを表情で示すことで、子どもは感情と表情の繋がりを学びやすくなります。
- 明確なジェスチャー: 話す内容に合わせて、ゆっくりと分かりやすいジェスチャー(指差し、体の動きなど)を添えます。「どうぞ」「おしまい」「ここに置いてね」など、言葉と一緒に身振り手振りを加えることで、視覚的な情報として伝わりやすくなります。
- ゆっくりとした話し方と間の設定: 早口にならないように注意し、子どもが言葉や非言語的なサインで応答するための「間」を意識的に作ります。
- 子どもの目線に合わせる: 可能であれば、子どもの目線に合わせて姿勢を低くするなど、物理的な距離感を調整することで、安心感を与え、視線を合わせやすい環境を作ります。
2. 子どもの非言語サインに気づき、言葉で返す
子どもが発する非言語的なサインに専門家が気づき、それを言葉にすることで、子どもは自分の内的な状態や意図が他者に伝わることを体験し、非言語サインの意味を学びます。
- 表情への応答: 子どもが何かを見て楽しそうな表情をしたら「わあ、面白い顔してるね!」「楽しそう!」と声をかけます。困った顔をしていたら「あれ?どうしたの?」「難しいかな?」と尋ねます。
- 身体の動きへの応答: 子どもが特定の物の方を指差したら「あ、〇〇が欲しいんだね」と代弁します。体を揺らしていたら「楽しいね、揺れてるね」と伝えたり、不安そうな様子なら「ドキドキするのかな?」など、推測した感情を言葉にします。
このような応答を繰り返すことで、子どもは自分の非言語的な行動が他者とのコミュニケーションになることを学び、感情や要求を伝えるための言葉やジェスチャーを習得する手助けとなります。
3. 非言語サインを使うことを促す具体的な活動
- ジェスチャーの模倣と使用:
- 手遊び歌や絵本の読み聞かせの中で、登場するジェスチャーを専門家が大きく行い、子どもが真似できるように促します。
- 「ちょうだい」「バイバイ」「こんにちは」などの日常的な簡単なジェスチャーを、物の受け渡しや挨拶の場面でモデルを示し、子どもが使う機会を作ります。
- 言葉が出てこない子どもに対して、簡単なサイン(例:要求を示す「もっと」、完了を示す「おしまい」など)を教え、コミュニケーションの手段として使えるように支援します。
- 視線を合わせる機会を作る:
- 子どもの好きな物や活動を専門家の目の前に持ってくる、専門家の顔に面白いもの(例:鼻メガネ)をつけるなど、自然に視線が合いやすくなるような働きかけをします。
- 絵本を読み聞かせる際に、登場人物の感情が表れたページで「見てごらん、〇〇君、こんな顔してるね」と声かけながら、専門家が自分の顔を指差して子どもの視線を誘導します。
- 呼名応答を促す際、子どもの視界に入ってから優しく声をかけ、視線が合った瞬間に肯定的なフィードバック(笑顔、褒め言葉)を返します。
- 表情と感情の関連付け:
- 様々な表情の絵カードを用いて、「これはどんな気持ちの顔かな?」と一緒に考えたり、専門家が表情を作って子どもに当ててもらったりする活動を行います。
- 感情を表す言葉(嬉しい、悲しい、怒っているなど)を教える際に、その感情になった時の表情をセットで見せたり、鏡を見て自分の表情を確認したりする練習を取り入れることも有効です。
- 社会的ルールとしての非言語:
- 「さようなら、手を振ってね」「どうぞ、と物を渡す時は、相手の目を見て渡そうね」など、社会的な場面でよく使われる非言語的な行動を具体的に教え、練習する機会を作ります。
- 集団活動の中で、友達が困っている表情をしていたら「どうしたんだろうね?」と一緒に考えたり、友達が何かを要求するジェスチャーをしたら「〇〇して欲しいみたいだよ」と言葉にして伝えたりするなど、他者の非言語サインを読み取る練習を促します。
4. 環境調整と構造化
子どもが非言語コミュニケーションを使いやすくなるよう、環境を調整することも重要です。
- コミュニケーションの妨げになるような刺激(騒がしい音、気が散る視覚情報)を減らします。
- 活動の区切りや流れを視覚的な情報(絵カード、スケジュール表)で示し、次の行動への移行などを非言語的に分かりやすく伝えます。
- 期待される非言語的な行動(例:発表する時は前を向く、友達が話している時は相手を見る)について、具体的に伝えたり、掲示物として視覚的に示したりすることも有効です。
まとめ
非言語コミュニケーションは、子どものコミュニケーション能力や社会性の基盤をなす重要な要素です。発達支援においては、言葉によるやり取りだけでなく、非言語的なサインにも目を向け、子どもの理解と使用を促すことが不可欠です。
非言語コミュニケーションの支援は、標準化されたプログラムだけでなく、日々の自然な関わりの中で実践できることが多くあります。専門家自身が子どもの非言語サインに気づき、応答し、モデルを示すことから始められます。そして、ジェスチャーや視線、表情などの特定の側面に焦点を当てた具体的な活動を取り入れることで、子どもは非言語的なコミュニケーションの世界を広げていくことができます。
若手専門家の皆様にとって、様々な特性を持つ子どもの非言語コミュニケーションへの関わりは、最初は難しさを感じることもあるかもしれません。しかし、一つ一つの非言語サインに丁寧に向き合い、子どもの反応を見ながらアプローチを調整していくことが、着実な支援に繋がります。本記事が、皆様の日々の実践における一助となれば幸いです。