遊びを通した発達支援の実践ガイド ~遊びの評価と個別アプローチ~
はじめに
子どもの発達支援において、「遊び」は単なる気晴らしではなく、様々なスキルを獲得し、世界を学ぶための不可欠な活動です。遊びを通して、子どもたちは認知能力、言語能力、社会性、情動調整、運動能力などを育んでいきます。しかし、発達特性を持つ子どもたちのなかには、遊び方やつまずきに特性が見られる場合があり、専門家による意図的かつ個別化された支援が必要となることがあります。
この記事では、発達支援における遊びの重要性を改めて確認し、子どもの遊びの現状を理解するための評価方法、そして個別の特性に応じた具体的な遊びを通した支援アプローチについて解説します。日々の臨床実践において、遊びの視点を取り入れ、より効果的な支援を提供するための一助となれば幸いです。
発達における遊びの重要性
遊びは、子どもの発達において以下のような多面的な役割を果たします。
- 認知能力の発達: 物の機能や関係性を理解する、想像力を働かせる、問題解決を試みるなど、思考力や創造性を育みます。
- 言語能力の発達: 遊びの中で言葉を使い、コミュニケーションを試みることで、語彙力や表現力、会話スキルが向上します。
- 社会性の発達: 他の子どもや大人との関わりを通して、協調性、譲り合い、ルールの理解、他者の気持ちを推測する力などが養われます。
- 情動調整能力の発達: 遊びの中で感じる喜び、達成感、時には悔しさや失敗といった様々な感情を経験し、それらを表現・調整する方法を学びます。
- 運動能力の発達: 体を使った遊びを通して、粗大運動や微細運動のスキルが向上します。
発達特性を持つ子どもたちは、これらの発達領域において特有のつまずきを経験することがありますが、遊びを適切に支援することで、これらのスキルの獲得を促すことが期待できます。
子どもの遊びを理解し評価する
遊びを通した支援を計画するためには、まず子どもの遊びの現状を正確に理解することが重要です。どのような遊びに関心を持ち、どのように遊びを展開するのか、どのような時に困り感を示すのかなどを観察し、評価します。
観察の視点とポイント
子どもの遊びを観察する際は、以下の点に着目すると良いでしょう。
- 遊びへの関心: どのような種類の遊び(例:感覚遊び、操作遊び、構成遊び、ごっこ遊び、ルールのある遊び)に関心があるか、新しい遊びに対する反応はどうか。
- 遊びの発達段階: 遊びが一人遊びの段階か、他者と同じ空間で遊ぶ並行遊びか、共通の目的や関心を持って遊ぶ連合遊び・共同遊びか、といった遊びの社会的な発達段階。
- 遊びのレパートリーと柔軟性: 様々な種類の遊びができるか、遊び方を変化させたり、新しい要素を取り入れたりできるか。特定の遊びに固執する傾向はないか。
- 遊びの質: 遊びの持続性、集中度、創造性、問題解決の試み、遊びの中での感情表現など。
- 他者との関わり: 他の子どもや大人とどのように関わるか、一緒に遊ぼうとするか、遊びのルールを共有できるか。
- つまずきの様相: 遊びを始めるのが難しい、遊び方が分からない、遊びのルールが理解できない、自分のやり方に固執する、衝動的に行動する、勝敗を受け入れられないなど、どのような点に難しさがあるか。
これらの観察は、特定の遊び場面を設定して行うことも、普段の自由遊びの様子を記録することでも可能です。観察を通じて、子どもの遊びの得意な部分や苦手な部分、興味の対象などを具体的に把握します。
遊びの発達段階と類型
遊びの発達段階や類型に関する知識は、子どもの遊びの現状を相対的に理解する上で役立ちます。例えば、ミルドレッド・パートンの遊びの社会的な発達段階(一人遊び、傍観的行動、並行遊び、連合遊び、共同遊び)や、ピアジェの遊びの段階(機能遊び、象徴遊び、ルール遊び)といった枠組みがあります。これらの枠組みは絶対的な基準ではありませんが、子どもの遊びのレベルを把握し、次のステップを考える際の参考となります。
また、遊びを類型的に捉える視点も重要です。例えば、積み木やブロックを使った「構成遊び」、おままごとやヒーローごっこといった「ごっこ遊び」、かるたやボードゲームのような「ルールのある遊び」などがあります。発達特性によって、特定の類型の遊びに困難を示す場合や、逆に特定の遊びに強く没頭する場合があります。
遊びにおけるつまずきの理解
発達特性のある子どもが遊びでつまずく背景には、様々な要因が考えられます。
- 認知的な側面: 遊びのルールや手順の理解の難しさ、柔軟な思考の難しさ、抽象的な思考(ごっこ遊びなど)の難しさ、見通しを持つことの難しさ。
- 感覚・知覚的な側面: 特定の感覚刺激への過敏さや鈍感さから、特定の素材や活動を避けたり、逆に過度に探求したりする。
- コミュニケーションの側面: 遊びへの誘い方・誘われ方の理解の難しさ、遊びの意図を伝える・読み取る難しさ、遊びの中での言葉のやり取りの難しさ。
- 社会性の側面: 他者の意図や気持ちを理解する難しさ、協調行動の難しさ、場の空気を読む難しさ。
- 運動の側面: 微細運動や粗大運動の不器用さから、特定の操作や活動が難しい。
- 情動・行動の側面: 衝動性の高さからルールを守るのが難しい、感情の調整が難しく負けると癇窻を起こしやすい、特定のこだわりから遊びの変更が難しい。
これらのつまずきの背景にある要因を理解することが、適切な支援を考える上で不可欠です。
遊びを通した発達支援の具体的なアプローチ
子どもの遊びの評価に基づき、個別の特性やニーズに応じた遊びを通した支援を計画・実施します。ここでは、いくつかの具体的なアプローチを紹介します。
支援環境の整備
遊びを促すためには、子どもが安心して遊びに取り組める環境を整えることが大切です。
- 物理的な環境: 子どもの興味を引くおもちゃや遊具を適切に配置する、気が散るものを少なくする、活動スペースを確保するなど、構造化や視覚的な分かりやすさを意識します。
- 時間的な構造化: 遊びの時間を明確にする、遊びの始まりと終わりを予告するなど、見通しを持たせる工夫をします。
- 人的な環境: 子どもの遊びを受け止め、共感的な態度で関わる大人の存在は重要です。他者との関わりが難しい子どもには、まず一対一で落ち着いて遊べる環境を提供することも有効です。
大人の関わり方と支援技術
大人がどのように関わるかによって、子どもの遊びは大きく変わります。
- モデリング: 大人が楽しそうに遊んでいる様子を見せることで、子どもに遊び方を伝えたり、関心を持たせたりします。
- プロンプトとスキャフォールディング: 子どもが遊び方につまずいた時に、ヒントを与えたり(プロンプト)、少しだけ手伝ったり(スキャフォールディング)することで、成功体験を積み重ねられるようにサポートします。過剰な手助けは子どもの主体性を損なう可能性があるため、子どもの力に合わせて調整します。
- 実況中継: 子どもの行動や状況を言葉で表現することで、子ども自身の行動を意識させたり、言葉と行動を結びつけたりします。「〇〇くん、つみきを高く積んでいるね」「車がブーブーって走ってるね」など。
- 並行遊び: 子どもの近くで、同じようなおもちゃを使って大人が自分の遊びを行うことで、子どもに安心感を与えたり、遊びのアイデアをさりげなく示したりします。
- 子どものリードに従う: 子どもが始めた遊びや興味を持った対象に寄り添い、子どものペースに合わせて関わることで、信頼関係を築き、子どもの主体的な遊びを引き出します。
具体的な遊びの例と支援の工夫
子どもの発達段階やつまずきに応じて、様々な種類の遊びを取り入れ、個別の工夫を行います。
- 感覚遊び: 砂、水、粘土、スライムなど、多様な素材に触れる遊び。感覚過敏・鈍感のある子どもにとって、感覚の調整や受容性を高める機会となります。特定の素材が苦手な場合は、無理強いせず、少しずつ慣れていけるように配慮します。
- 操作遊び: パズル、型はめ、ひも通しなど、手先を使った遊び。微細運動や視空間認知の発達を促します。最初は単純なものから始め、難易度を調整したり、完成のイメージを視覚的に提示したりすると良いでしょう。
- 構成遊び: 積み木、ブロック、レゴなどを使って何かを作り上げる遊び。創造性、計画性、空間認知能力を養います。イメージを言葉で伝えたり、設計図(簡単な絵など)を示したりする支援が有効な場合もあります。
- ごっこ遊び: お店屋さん、お医者さん、おままごとなど、役割を決めて遊ぶ遊び。言語能力、社会性、想像力、他者の視点理解などを育みます。まずは身近なテーマから始め、簡単な役割分担で練習します。セリフの例を大人が示したり、ストーリーの展開を助けたりすることも有効です。
- ルールのある遊び: カードゲーム、ボードゲーム、鬼ごっこなど、ルールに従って遊ぶ遊び。ルールの理解、順守、待つこと、勝敗を受け入れること、他者との駆け引きなどを学びます。最初は単純なルールから始め、ルールを絵や文字で示したり、大人が一緒に参加してルールをその都度確認したりするサポートが考えられます。負けるのが苦手な子どもには、協力ゲームを取り入れたり、「勝つことも負けることも楽しい経験の一部だよ」という姿勢を示したりすることが大切です。
遊びのつまずきに応じた対応策
遊びの中で見られる具体的なつまずきに対しては、その背景にある要因を踏まえた対応が必要です。
- 遊び方が分からない・始められない: 遊び方を具体的に見せる(モデリング)、最初の一歩を手伝う(プロンプト)、いくつかのおもちゃを提示して選択を促す。
- 特定の遊びに固執する: 他の遊びへの関心を広げる機会を提供するが、無理にやめさせず、本人の関心を尊重しつつ、遊びの展開を促す工夫をする。遊びの切り替えが難しい場合は、タイマーや予告を用いて終わりを明確にする。
- 他者とうまく遊べない: 大人が間に入って関わりを仲介する、並行遊びから始める、少人数で練習する、簡単な役割分担のある遊びから始める。
- ルールを守れない: ルールを視覚的に提示する、ルールを守れたときに具体的に褒める、なぜルールが必要なのかを分かりやすく説明する。
まとめ
遊びは、子どもの健やかな発達を促すための強力なツールです。発達支援に携わる専門家として、遊びの持つ意味や役割を深く理解し、子どもの遊びの現状を丁寧に評価することから支援は始まります。そして、その評価に基づき、子どもの特性やニーズに合わせた環境設定や大人の関わり方、遊びの種類や工夫を個別化することで、より効果的な遊びを通した発達支援を提供することができます。
遊びを通した支援は、時に試行錯誤が必要となる場合があります。しかし、子どもの「楽しい」という気持ちを大切にしながら、遊びの中で見られる小さな成長やつまずきに寄り添うことで、子どもたちは自信を持って様々なスキルを獲得し、世界を広げていくことができるでしょう。この記事が、皆様の日々の実践における遊びの視点を深める一助となれば幸いです。